💛るんるん特許翻訳💛 ご訪問ありがとうございます!
投稿: 2019/03/26 修正: 2019/12/06

「は」の話

主題提示と対比の助詞「は」


日本語の助詞「は」は、「が」と同様に主語を表しますが、それだけでなく、主題提示や対比も表します!

[目次]
1. 春爛漫!
2. 主格を表す「は」と主題提示の「は」
3. 対比の「は」
4. クレーム中の「は」

春爛漫!

日本は桜も開花して春爛漫でしょうね。私が住むドイツにもようやく春がやってきて、梅の花や水仙が咲き始めました。

heidelberg1
2019.03.26 in Heidelberg

春を端的に言い表した名句といえば、なんといっても清少納言『枕草子』の冒頭でしょう。

春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。
heidelberg2

主格を表す「は」と主題提示の「は」

さて今回は、助詞「は」の話です。「春は、あけぼの」。この「は」はどんな役割でしょうか?

主格を表す「は」

助詞「は」は、助詞「が」と同様に主語(主格)に付くことがあります。たとえば「私は」と言うときの「は」です。

そこで、「春はあけぼの」の助詞「は」が主語を表しているとみなして英訳すると、

[訳例1] Spring is best at dawn.
となります。「Spring is」で、spring が英文の主語になっているのがご理解いただけるでしょう。

主題提示の「は」

互いに似たもの同士の助詞「は」と「が」ですが、実は大きく異なる点があります。それは・・・

「が」= 主格を表すだけ
「は」= もっと広く文全体に及ぶ

助詞「は」は、主題を提示する役割を果たすと言うことができます。「主題を提示する」とはどういうことかというと、

「この文ではこれから○○の話をするよ~」
という、文全体のテーマを示す合図です。

「春はあけぼの」の「は」を、主題提示の「は」と解釈して英訳すると、

[訳例2] Ivan Morris訳
In spring, it is the dawn that is most beautiful.

となります。「春っていえば、あけぼのが最高よねっ!」という雰囲気ですね。ちなみに、橋本治さんの『桃尻語訳枕草子』では、「春って曙よ!」です。ご興味のある方はぜひ読んでみてください。古典を楽しく学べますよ~

以上のように、「は」を主格と解釈するか主題提示と解釈するかで英訳も変わってきます。

ごく全般的に言うと、日本語の文章は主題提示を使うことが多いです。文頭にふんわりと「話のテーマはこれですよ」と主題提示することで、日本語らしいはんなりした柔らかい水彩画のような空気感が出ます。「春はあけぼの」の「は」も、主題提示と捉えたほうが日本語らしさを感じられるのではないでしょうか?

それに対し、英語では、きっちりと主語を立ててから話を述べるという傾向があります。そういう意味で、上の[訳例1]と[訳例2]を比べると、英語らしいのは、主語から始めた[訳例1]のほうでしょう。一方、[訳例2]は、日本語の空気感を英語に取り入れた訳しかたと言えます。これもまた素敵ですね。英語のネイティブの方はこの空気感をどう感じるのでしょう?興味深いです。

特許翻訳では

特許翻訳の英訳でも、「は」を主格と解釈するか主題提示と解釈するかで2通りの方針が考えられます。
特開第2011-143936号
特許文献1に提案された装置構造が複雑で製作コストが高くつく課題がある。

(1) The apparatus proposed in Patent Document 1 has problems of complicated structure and high manufacturing cost.
(2) In the apparatus proposed in Patent Document 1, proplems are complicated structure and high manufacturing cost of the apparatus.

「は」を主格と捉えて訳すと (1)、主題提示と捉えて訳すと (2) となります。(1) のほうが英語として自然かもしれませんね。

対比の「は」

「は」を並べて対比を表す

『枕草子』は、さらにこんなふうに続いていきます。

春は、あけぼの。やうやう白く・・・
夏は、夜。月の頃はさらなり。・・・
秋は、夕暮。夕日のさして・・・
冬は、つとめて。雪の降りたるは・・・

「春は」「夏は」「秋は」「冬は」と、「は」が並んでいる点に注目してください。「春は」の「は」は主題提示だという話を上述しました。その主題提示の「は」が連続して使われると、対比の意味合いを帯びてきます。春夏秋冬を、「春はあけぼの、夏なら夜、秋だったら夕暮、冬だったらつとめて」と比較・対比する表現になります。

特許翻訳では

特開第2018-000735号
前記一対のスライド部材のうち、一方、前記歯車部材と連結され、他方、前記連結部材と連結される。

One of the pair of slide members is coupled to the gear member, while the other is coupled to the coupling member.
One of the pair of slide members is coupled to the gear member; on the other hand, the other is coupled to the coupling member.

対比の「は」は、英語では while や on the other hand で表せますね。もちろん、簡単に and でつないでもよいでしょう。

クレーム中の「は」

上では、助詞「は」と共に特許翻訳の英訳をみてきましたが、最後に和訳の話をしたいと思います。まずは例文をご覧ください。

米国特許第9987285号
2. The tablet according to claim 1, wherein the active pharmaceutical ingredient is included in the range of 50-90%.

【請求項2】前記有効成分、50~90%の範囲内で含有されている、請求項1に記載の錠剤。
【請求項2】前記有効成分、50~90%の範囲内で含有されている、請求項1に記載の錠剤。

特許翻訳の英文和訳の際、「は」を使えばいいのでしょうか?それとも「が」を使えばいいのでしょうか?
明細書や要約書では、日本語として自然なほうを選べば問題ありません。しかし、クレーム中だけは、翻訳会社や特許事務所などのお客様から以下のような「は」禁止令が敷かれることがあります。

「は」禁止令
英文のクレーム中の主語に対して、助詞「は」を使用してはならない。助詞「が」を使用すること。

「は」ではなく「が」の使用を主張する根拠は、おそらく・・・

クレームの主題(冒頭の単語)以外の単語に、主題提示の「は」を使うのはよろしくない。
ということだと考えられます。上の例では「tablet=錠剤」がこのクレームの一番大きな主題です。したがって、主題提示の「は」を使うのなら「錠剤」にこそ使うべきであって、他の単語、ここでは「active pharmaceutical ingredient=有効成分」には使うべきではない。という意見です。

その一方で、日本語が自然になるように「は」と「が」を適宜使い分けて訳すという指示のお客様もいらっしゃいます。特許事務所や翻訳会社ごとに見解が異なるようです。

もうひとつ例をみると・・・

米国特許第9234032号
The fed-batch method according to claim 1, wherein the first temperature is 37°C and the second temperature is 33°C.

(1) 第1の温度37℃であり、第2の温度33℃である、請求項1に記載の流加培養方法。
(2) 第1の温度37℃であり、第2の温度33℃である、請求項1に記載の流加培養方法。

この例の「は」は、主題提示の「は」というよりも、対比の「は」と解釈できそうです。「第1の温度は・・・、第2の温度は・・・」と、第1の温度と第2の温度を対比しています。しかし、上記のような「は」禁止令が敷かれている場合には、このような対比の「は」であっても、「が」と訳さざるを得ません。

翻訳者の立場としては、「は」を使ってはいけないというシバリで自然な日本語訳を作るのは正直言ってかなり難しいです。しかし、「は」禁止令が世に存在するということは、特許権の観点からは必要な処置なのかもしれません。私自身、ちょっとこの件については勉強不足です。。

もしこのクレーム中の「は」と「が」の事情について何かご存じの方がいらっしゃったら、ぜひ情報提供をいただけたら嬉しいです。よろしくお願い致します。

heidelberg3


最後までお読みいただきありがとうございました!
ダンケシェーン!!

【おすすめ記事】
080.「も」の話 - 人をも身をもうらみざらまし

【全記事一覧】
新着記事 & 全記事一覧

【カテゴリー別】
tokkyo language column

▼ドイツ語にご興味ある方はこちらもぜひ!!▼

翻訳関連のご質問・ご相談・お悩みには全力で寄り添いますので、お気軽にお問合せください。投稿記事へのご意見やご感想、お褒めの言葉、ファンレターもお待ちしています♪
連絡先 & プロフィール

Copyright © 2018 Shingo Fukuhara

inserted by FC2 system