翻訳者が仕事を引き受けると、特許事務所や翻訳会社(以下「お客様」)から、翻訳の原稿と共に翻訳指示書を頂きます。翻訳者は、その指示書に従いながら翻訳文を仕上げます。
指示書は、お客様ごとに千差万別で、数行のこともあれば数ページに及ぶこともあります。その内容も、フォーマットに関することから、単語レベルでの訳語の指示まで多岐にわたります。
たとえば、お客様からの指示としてよくある事項の1つは、「may の訳し方」です。特許翻訳では、may の訳は非常に重要です。また、may に関する見解はお客様ごとに大きく異なります。
実際にはどんな翻訳指示が来るのか? いくつかの例を以下に示しますが、その前に、may の訳し方をもういちどまとめておきましょう。
may については、以下のページにも詳しく書きましたので、あわせてご参照ください。
045.「され得る」が使われ得る
046.【超重要】may, can の話
「may+能動態」
「may+受動態」
さて、上で見たように、may の訳し方は多種多様ですが、お客様からはどういう翻訳指示が来るのか?
私が今まで受けたことがある指示としては以下のようなものがあります。本当に各社各様といったかんじで、どれが正解/不正解ということもないですね。きっと、どれも正解なのでしょう。
(1) may は、日本語として不自然になる場合には訳出しなくてよい。
翻訳者としては訳しやすくてありがたい指示ですが、このような指示はめったにありません。一般には、 046.【超重要】may, can の話 でも書いた通り、特許翻訳においては may の訳抜けは許されません!
(2) may は、日本語として自然になるように能動態に変換して「してよい」「することができる」などと訳すこと。
特許翻訳では、できるだけ「原文が能動態なら訳文も能動態、受動態なら受動態」にすべきですが、may, can, willなどの助動詞が使われる文では、自然な日本語になるように受動態を能動態に変換しても許容範囲です。
(3) may は、日本語として不自然になってもいいから、「し得る」(能動態の場合)または「され得る」(受動態の場合)と訳すこと。
「し得る」「され得る」は、ふつうの日本語としては古めかしいですが、特許では非常によく使われる言い回しです。個人的にはあまり好きではありませんが。。
(4) may は、日本語として不自然になってもいいから、「してよい」(能動態の場合)または「されてよい」(受動態の場合)と訳すこと。
「してよい」「されてよい」は、日本語としてぴったりハマることもありますが、イマイチの場合もあります。どちらかと言うとイマイチのことのほうが多い気がします。この指示のシバリのなかで自然な日本語訳を作るのは難しい。。
(5) may を「できる」と訳すと can の訳語とかぶるので、「may = できる」はNG。
レアケース。特許翻訳では、異なる単語には異なる訳語を当てるのが原則です。なので、この指示も一理あるとは思いますが、たいていの場合は、can と may を明確に訳し分けなくてもOKです。実際、may と can が交換可能に使われている場面も多くあります。
純粋に翻訳者の視点から言えば、「日本語として不自然でもよい」という指示を受けるのはとても残念なことです。読みやすくて美しい日本語を書くための翻訳技法や工夫を身に付ける努力をしてきたのに、それを全否定されてしまっているようなものです。
でも! 特許翻訳では、単にキレイな日本語を書くだけではなく、技術面や法律面にも配慮して訳文を完成させなければなりません。
お客様からの翻訳指示には、特許出願の実務における技術面や法律面での要点・注意点が記載されています。特許の権利範囲に関わりますので、特許翻訳者としては指示を遵守して訳しましょう。
そうはいっても、お客様の指示書の内容と自分の翻訳者としての感性が一致しないということは実際によくあります。自分の感性を主張し、お客様と意見をぶつけあってより良い翻訳を目指すのか、それともお客様の意見に素直に従って黙々と翻訳するのか。どちらが「優秀な」翻訳者なのかはわかりません。
・・・けど、後者のほうが、「良い」翻訳者かな?
お客様にとって「都合の良い」という意味でね。
そして・・・
「都合の良い」翻訳者こそ、「稼げる」翻訳者かもしれません。
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