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Der Lidenbaum

 『菩提樹』

   

歌: フィッシャー・ディスカウ
伴奏: アルフレッド・ブレンデル
巨匠の共演です!

【目次】
この歌曲について
翻訳してみよう!
翻訳ワンポイント
詩の内容について
詩の分析(脚韻など)
参考サイト

【この歌曲について】

1823年、ヴィルヘルム・ミュラーが『ウラーニア』の中で発表した連作詩『冬の旅』全12曲のうち5曲目が、この『菩提樹』です。
1827年の秋、シューベルトが曲を付けました。シューベルトが亡くなる1年前のことです。当初、歌曲のあまりの暗い雰囲気に皆が言葉を失ったそうです。

○ Volkslied(ドイツ民謡)として

この歌曲が有名になったのは、フィリップ・フリードリヒ・ジルヒャーの影響が大きいようです。
1846年、ジルヒャーは、シューベルトの作曲をもとに、男声四部アカペラ用に「Am Brunnen vor dem Tore」という題名で作曲。これが、Volkslied(ドイツ民謡)として世に広まりました。

ジルヒャー作曲の男性四部バージョンはこちら。

シューベルトの作曲に負けず劣らず、こちらもとても美しいですね!

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【翻訳してみよう!】

Am Brunnen vor dem Tore
市門のわきの井戸のそば

Da steht ein Lindenbaum:
そこに菩提樹が立っている

Ich träumt' in seinem Schatten
その木陰で僕はよく夢を見ていた

So manchen süßen Traum.
幾多の甘美な夢を

続きは、こちら(訳詞集)

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【翻訳ワンポイント】

「甘い夢」をどう訳す?

süßen Traum

süßは、「甘い」の意味。
ドイツ語でも「甘い夢」と表現します。
この訳で十分でしょうが、他の表現も考えてみます。

甘美な夢を見る
夢想する
絵空事を思い描く
甘い夢路をさまよう
バラ色の夢を見る
虹色の夢を見る

うまし夢みつ(近藤朔風の訳)
『菩提樹』の日本語訳としては、この近藤朔風訳が一番有名でしょうか。下記のブログに全訳が掲載されています。
詩吟と健康

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【詩の内容について】

■ 題名

まず、題名のLindenbaum(リンデンバウム)について。
リンデンバウムの並木道として、ドイツでは、ベルリンのブランデンブルク門に通じる「ウンター・デン・リンデン」が有名です。
linden

「菩提樹」と訳されていますが、お釈迦様の菩提樹とは種類の異なる木だそうです。
ドイツ人にとっては、「悟り」のイメージではなく、「愛」「自然」「故郷」「安全」など様々なシンボルとして親しまれている木です。

詩人ミュラーの生きたロマン主義の時代には、樹木、特に菩提樹(Linde)およびカシ(Eiche)が多くの文学・絵画のモチーフとなりました。例えば、絵画では、フリードリヒの絵が有名です。

Friedrich
雪の中のカシの木

■ 第1、2連

過去の思い出が語られています。

ロクス・アモエヌス

井戸(Brunnen)
門(Tor)
菩提樹(Lindenbaum)

いずれも「ロクス・アモエヌス」を想像させる要素です。「ロクス・アモエヌス」とは、ラテン語「Locus amoenus」で、「心地よき場」の意です。
「心地よき場」ではありますが、さらに、「人生の最後に行き着く安住の地」、すなわち「死」まで想起させることもあります。
例えば、今回紹介している『菩提樹』の曲は、トーマス・マンの『魔の山』に登場します。小説中、この曲の美しさが語られていますが、その一方で主人公の「死」を暗示させる内容になっています。下記のブログに詳しく書かれていますので、興味がある方はぜひご覧ください。

ワーグナー聴けば聴くほど
Oyo-の日々

■ 第3~5連

直前の過去("heute:今日")が語られています。

第3連
どのみち辺りは暗闇で見えないのですが、主人公はそれでもあえて目をつぶり、菩提樹を見ないで通り過ぎようとします。
視覚が閉ざされると、聴覚が働き、菩提樹の誘惑が聞こえます。

第4連
菩提樹が「ここにいれば安住だよ」と主人公を誘惑します。

第5連
主人公は誘惑を振り切り、帽子を飛ばされたまま(=何にも守られることなく)、先へと歩を進めていきます。

母音の明暗
第4連の第2、4行で
zu, Ruh
と韻を踏んでいます。これらの母音「u」は、口を閉じて発音する「こもった」母音です。
第5連に入ると、
kalten, grad, Angesicht, Winde, bliesen
と母音「a」「i」「ie」が使われています。これらは、口を開いて発音する「明るい」母音です。

主人公が名残惜しさを振り払って前に進む様子が発音にも現れています。

■ 第6連

現在("nun:いま")が語られています。

第6連は、基本的には現在ですが、
immer(いつまでも)
fändest(だったのに)[接続法]
などの語が使われており、わずかながら非現実的な雰囲気も出ています。特に最後の1行は、枝のざわめきが主人公に語りかけている言葉ですが、主人公の死への憧憬を暗示している感もあります。

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【詩の分析】

■ リズムと脚韻

弱→強→弱→強→弱→…
弱→強」のリズムが一貫して続いています。

各連が、第2行と第4行の末尾で韻を踏んでいます。

Am Brunnen vor dem Tore,
Da steht ein Lindenbaum:
Ich träumt’ in seinem Schatten
So manchen süßen Traum.

(青が弱い母音、赤が強い母音)

■ ドイツ民謡調

上記のように、韻を踏みながら弱→強(または強→弱)の一定のリズムで進む様式は「Volksliedstrophe」と呼ばれることがあります。
日本語の定訳は不明ですが、「ドイツ民謡調」といったところでしょうか?
ドイツの民謡や童謡でよく使われるリズムです。

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【参考サイト】

Academic dictionaries and encyclopedias
広範な分野の辞典。ドイツ語詩の分析も多数あり(ドイツ語)

GRIN
発表や論文の投稿サイト。販売もされています(ドイツ語)

詩吟と健康

R林太郎語録

MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトを中心にしたブログです

Oyo-の日々

ワーグナー聴けば聴くほど

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以上です。
最後までお読みいただきありがとうございました!

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