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Der Panther

 『豹』

【目次】
この歌曲について
翻訳してみよう!
翻訳ワンポイント
詩の内容について
詩の分析(脚韻など)
参考サイト

【この歌曲について】

この詩は、リルケが1902年に創作して『新詩集』(1907年)に収めたものです。
上の動画は、Nadine Maria Schmidt(ナディーネ・マリア・シュミット)のアルバム『Ich bin der Regen』(2016年)のミュージックビデオ。古典から現代までの幅広いドイツ語詩に曲と映像を付けたアルバムです。

もう1つ。Udo Lindenberg (ウド・リンデンベルク)の作曲も紹介します。
こちらです。アルバム『Der Exzessor』(2000年)より。
ウド・リンデンベルクは、風貌もロック魂も「ドイツの内田裕也」といったかんじ。ドイツの東西分裂時代に東ドイツで初めてロックコンサートを実現させました。カルチャーにおける東西統一の象徴と言えるレジェンドです。

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【翻訳してみよう!】

Sein Blick ist vom Vorübergehn der Stäbe
格子が次々と前を通り過ぎるので、彼の眼差しは

so müd geworden, dass er nichts mehr hält.
疲れてしまい、もはや定まらない。

Ihm ist, als ob es tausend Stäbe gäbe
彼には、無数の格子があるように思え

und hinter tausend Stäben keine Welt.
無数の格子の向こうに世界はないように思える。

続きは、こちら(訳詞集)

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【翻訳ワンポイント】

「麻痺する」をどう訳す?

betäubt

「麻痺する」「痺れる」の意味です。
名詞の「Betäubung」は「麻酔」の意味。
そこから、私訳では
麻酔に掛って」と訳してみました。

ここは擬人法(主語は「意思: Wille」)なので、以下のような擬人化した表現も使えそうです。

痺れて
無感覚で
無感情に
無表情に
何も感じずに
不感となって
金縛りにあって
うつろに
生気なく

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【詩の内容について】

■ 副題

副題に「Im Jardin des Plantes, Paris」(パリ植物園にて)とあります。
この詩は、リルケがパリ植物園付属動物園メナージュリーを訪れた時に見た檻の中の豹を書いたものです。メナージュリーは、フランス革命期の1793年に開園され、世界で最も古い動物園の1つです。リルケは、『ロダン論』を執筆するために、1902年から数年間、パリに滞在してロダンのアトリエに通い、ロダンの私設秘書をしていました。

■ 事物詩と象徴主義

この詩は、「事物詩」(Dinggedicht)に分類されます。事物詩は、19世紀後半からよく使われるようになった詩の形態です。事物詩では、詩の中の「私」が、対象を単なる「事物(モノ)」として客観的に観察して描写します。主観や感情は表現されません
この詩では、対象は「檻に閉じ込められた豹」です。「私」が「豹」の様子を観察しています。

事物詩は、象徴主義(Symbolismus)の詩でよく用いられます。
象徴主義では、何かを象徴として描写することで、そこに自分や読者を投影させる手法がとられます。
この詩でも、「檻に閉じ込められた豹」を象徴として表現することで、「あなたの人生もこの豹のように檻に閉じ込められたものではないですか?」と読者に問いかけています。

■ 第1連

第1連では、檻に閉じ込められ、力に屈服した豹が表されています。
「格子」を表すドイツ語「Stäbe」は、例えば「司教の杖」(Bischofsstab)などでも使われ、ある種の権力や、抗えない力を表していると考えられます。

「格子が前を通りすぎる」という表現にも注目しましょう。実際には格子が動いているのではなく豹が動いているのですが、豹には格子が動いているように見えている。豹の「受動的」な様子が表現されています。

印象派

ここで、「檻」という言葉は詩に登場しておらず、「格子」だけを描写することで、豹が檻の中にいることを読者にイメージさせています。また、「豹」という言葉も、題名以外には詩の中に出てきていません。「彼」などの代名詞のみで表されています。
直接的に表現しないという点で、この詩には、輪郭を描かない印象派絵画に似た一面もあります。
印象派も、象徴主義と同様に19世紀後半に発した芸術運動です。

monet
印象派。モネ

■ 第2連

しなやかで力強い野生の動きと、実際の檻の中の暮らしの対比が強調されています。
2/1では、
柔らかい: weiche」
しなやか: geschmeidig」
逞しい: starker」
と、形容詞が多用されていることに注目です。

(der Kreis)は、始めも終わりもなく永遠に繰り返される単調さを表現しています。檻の中の豹が小さな世界に閉じ込められ、単調に暮らしていることを表しています。

瞳の幕(der Vorhang der Pupille)と(Bilder)は、カメラの比喩とみてもよいでしょう。ドイツ語で、レンズの瞳は「Pupille」、写真は「Bilder」です。
カメラは、外の世界をそのまま受動的に写しこみます。第1連と同様、ここでも、豹の「受動的」な様子が表現されています。

■ 第3連

外から入ってくる像は、豹の身体を伝わってはいくものの、心の奥底までは届かずに消えてしまいます。

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【詩の分析】

■ リズム

この詩は、各4行の3連からなります。詩の全体を通して「弱→強」のリズムで、各行に5箇所の強いアクセントがあります。
各連の第1行と第3行で韻を踏んでおり(weiblihe Kadenz)、第2行と第4行でも韻を踏んでいます(männliche Kadenz)。交叉韻と呼ばれます。
一定のリズムで、檻の中の豹の一生の単調さを表現しています。

ただし!!
最後の1行だけはリズムが崩れています。
アクセントが5箇所ではなく4箇所となっています。
一定に続いていたリズムが突然途切れることで、外の世界の像が豹の内面に「届かない」ことを表し、虚しい余韻が残ります。

第3連
[3/1] Nur manchmal schiebt der Vorhang der Pupille
[3/2] sich lautlos auf -. Dann geht ein Bild hinein,
[3/3] geht durch der Glieder angespannte Stille -
[3/4] und hört im Herzen auf zu sein.

3/1~3/3は、それぞれアクセント(赤い部分)が5箇所。3/4のみ4箇所。

■ 見た目の仕掛け

第1連の「格子: Stäbe」という単語の位置に注目してみてください。
第1, 3, 4行目で計3回反復されていますが、「格子: Stäbe」の位置が次第にずれて、行の前方に移動しています。
豹の前を通り過ぎる檻の格子の動きが、詩の文字の見た目にも表されています。凝っていますね。

■ その他の修辞技法

頭韻(Alliteration)

2/1「Gang geschmeidig」では、「g」から始まる単語が2つ繰り返されています。
このように、同じ音から始まる単語が繰り返されることを「頭韻」と呼びます。

母音押韻(Assonanz)

1/2「hält」と1/3「gäbe」は、同じ母音「ä」で韻を踏んでいます。
このように、母音1つのみで韻を踏むことを「母音押韻」と呼びます。

上に挙げた「Stäbe」の反復や、これらの修辞技法によって、詩をゆっくりしたテンポで読まざるを得ません。ゆっくり読むことで、野生味を奪われた豹の緩慢さがより一層表現されます。
詩を読むスピードについても意識しながら詩が創作されています。

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【おまけ】

元ドイツ代表の名ゴールキーパーだったオリバー・カーンが『豹』を朗読して解釈を述べるという珍しい動画です!
オリバー・カーンの現役最後の年のインタビューだそうです。沈思して言葉を選びながら答える姿が印象的です。

以下は、オリバー・カーンが語っている部分の抄訳です。

檻の中にいるのは辛いことに違いない。
(しばし沈黙…)
俺にとっての檻はなんだろうか? 象徴としての「檻」は…。
ゴールキーパーとしては、16メートルのペナルティーエリアかな。そこから出ると手は使えず自由が利かない。
あるいは精神的なもの? 自分の固執した考え方とか、外から常に加わる圧力とか、そういうものが檻を作り出す…。
それとも何だろう?
(しばし沈黙…)
きっと、何についても言えるんだろうな。俺は、自分がやったことについて本当の自由を体験したと感じたことはめったにない。 そう考えるとこの詩はしっくりくる。詩の中のヒョウは実際の檻の中にいるのだけど、その状況に次第に麻痺していく。「betäubt ein großer Wille steht」というのはいい文章だね。

【参考サイト】

Antikoerperchen-1
Antikoerperchen-2
ドイツの学生によるドイツ語詩の分析のレジュメ(ドイツ語)

keinverlag.de

リルケにおける「檻」の世界;ふたつの詩「アシャンティ」と「豹」をめぐって(PDF)
秋田静男、慶応義塾大学芸文学会

語られる言葉の河へ

ヘ短調作品34

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以上です。
最後までお読みいただきありがとうございました!

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