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Mondnacht

 『月夜』

   

aus "Liederkreis Op.39" von Robert Schumann
シューマンの歌曲集『リーダークライス』より

【目次】
この歌曲について
翻訳してみよう!
翻訳ワンポイント
詩の内容について
詩の分析(脚韻など)
参考サイト

【この歌曲について】

1837年、ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ が処女詩集を発表。詩集はテーマ別に分けられており、"Mondnacht" は、"Geistlichen Gedichte"(精神的な詩)に分類されています。
1840年、ロベルト・シューマンが、アイヒェンドルフの詩に曲を付け『Liederkreis Op.39』(リーダークライス)としてまとめました。
"Mondnacht"は、全12曲中の5曲目です。

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【翻訳してみよう!】

Es war, als hätt' der Himmel
天空の神さまが私に

Die Erde still geküßt,
そっと触れるようなキスをしてくださる…

Daß sie im Blütenschimmer
大地の女神は百合のヴェールに包まれて

Von ihm nun träumen müßt'.
そんな夢を見ていたのかもしれません

続きは、こちら(訳詞集)

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【翻訳ワンポイント】

「キスする」をどう訳す?
still geküßt

私訳では
そっと触れるようなキスをする
としました。 他の訳を考えると…

口づけを交わした
そっとキスをした
優しいキスの雨を降らす
優しく唇を重ねた
唇がわずかに触れた
接吻してくれた

そっとくちづけした
声楽家 テノール歌手 山枡信明の世界

素敵な表現がいろいろありそうですが、
曲に合わせた訳にするのは至難の業です。

ドイツ語の発音「クス」は母音が1つ。
一方、日本語の「くちづけ」などは母音が4つあり、同じリズムに当てはめるのは不可能です。

また、日本語は「子音+母音」で1つの音を作るのに対し、ドイツ語では「子音だけ」で聞き取れる音もあります。
例えば、「プ」は、日本語では「pu」ですが、ドイツ語では「p」だけ発音されることがあります。
日本人には発音訓練が必要ですね。。

歌える翻訳」にするには、

そっと口づけ
優しいキス

などと体言止めにして音の数を減らすのが1つの手かもしれません。

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【詩の内容について】

第1連

ギリシャ神話

第1連は、ギリシャ神話の

天空の神ウラノスと大地の女神ガイアが結ばれて、12の神々(ティーターン)を産んだ

という話を連想させます。

面白いことに、ドイツ語でも
"der Himmel"(天)と "die Erde"(地)で、
男性名詞と女性名詞です。

造語

Blütenschimmer」は造語(Neologismus)です。

Blüten(花)+ Schimmer(かすかな光)

Blütenは、聖母マリアを連想させるかもしれません。
キリスト教絵画では、聖母マリアは花(特にユリやバラ)と共に描かれていますね。

※私訳では、以上のことを踏まえて第1連を超訳しました。

【おまけ】
私はふと、「Blütenschimmer」から
花にまつわる造語つながりで、
井上陽水さんの「風あざみ」
という造語を思い出しました。

第2連

第2連は、現実世界の自然を描写しています。第1連からの流れで、

天空→風
大地→地上の自然(野畑、麦穂、森)

とみれば、
第2連は「天と地の戯れ」を表現していると言えます。

第1連の「still」に続き、第2連でも、
2/2「sacht」、2/3「leis」と
そっと,静かに,かすかに
という意味の単語が連なっています。

知覚と共感覚

Die Luft ging durch die Felder, [触覚
Die Ähren wogten sacht,  [視覚
Es rauschten leis die Wälder, [聴覚
So sternklar war die Nacht.

第4行は、星が見えており 「視覚」
とも言えますが、
上の3行の知覚からの
共感覚
が生じていると解釈するのがよいかと思います。

*共感覚(Synästhesie)とは…
一つの刺激によって、それに対応する感覚(例えば聴覚)とそれ以外の他種の感覚(例えば視覚)とが同時に生ずる現象。
後者の感覚を副感覚といい、例えば或る音を聴いて一定の色が見える場合を色聴という。
[広辞苑より]

第3連

精神(魂)が天に昇っていく様子。
キリストの昇天も連想させます。

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【詩の分析】

■ 鏡映対称

この詩の全体を見ると、第1連と第3連で第2連を挟む形の構造になっています。
詩の全体の最初の2行と最後の2行を見ると、

Es war, als hätt' der Himmel
Die Erde still geküßt,
 ・・・ 
Flog durch die stillen Lande,
Als flöge sie nach Haus.

と、上下で鏡に映したような対称形になっていますね。
「hätt'」と「flöge」はともに接続法(英語の仮定法)であり、「法」が一致しています。

■ 脚韻

第1連を見ると、

Es war, als hätt' der Himmel
Die Erde still geküßt,
Daß sie im Blütenschimmer
Von ihm nun träumen müßt'.

女性韻男性韻が交互に出てきます。
交叉韻(Kreuzreim)と呼ばれます。
1行目と3行目が女性韻
2行目と4行目が男性韻
を踏んでいます。

第2連・第3連も同様です。

また、各行に3つのアクセントがあります。例えば、1/1では、
Es war, als hätt' der Himmel

上の3つの赤い母音が強く読まれます。

詩の全体が「3」連からなっており、
各行に「3」つの強音節がある。
詩人アイヒェンドルフは、数字「3」を明らかに意識しています。
すなわち、キリスト教の「三位一体」を詩に投影しています。

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【参考サイト】

Antikoerperchen
ドイツの学生によるドイツ語詩の分析のレジュメ(ドイツ語)

digitale-schule-bayern
ドイツの学生用のオンライン学習補助教材(ドイツ語)

声楽家 テノール歌手 山枡信明の世界
ドイツ歌曲の歌詞対訳が掲載されています。感性豊かで素晴らしいです!

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以上です。
最後までお読みいただきありがとうございました!

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